●佐藤社長とアイ・シー・エフとの出会いのキッカケは何ですか?
もともと大株主や役員と、ビジネス上の知り合いでした。当時私はEC(電子商取引)のコンサルティングをしており、お客様の業績が良かったこともあり、eマーケットプレイス(企業間電子取引)事業を行っていたアイ・シー・エフの建て直しで、2003年6月にコンサルティング契約ののち、副社長になりました。
ただ当時は業績が右肩下がりで悪くなっており、最終的にあきらめの悪い私が「是が非でも立て直してやる」と思い、社長職を引き受けました。
●当時、年間3,4億円の赤字でしたが、社長就任にあたってどのような復活プランを描いていたのですか?
就任前に黒字化の絵が描けていなかったわけではありません。ただ当時の状態は厳しく、グループ会社が2社ありましたが、ファイナンス的に4ヶ月しかもたない計算でした。そこで考えていたのがグループ会社の売却でした。2社の内1社の売却はほとんど見えていて、上手くいけば10億円、悪くても4〜5億円にはなるとは思っていました。

問題はもう1社で、月々2,000〜3,000万円の赤字が出ていました。売れなければ前者の売却益でカバーして、何とかなるなと判断していました。
会社としては、翌年4月に単月黒字を目指していましたが、DVD流通のワン・ウィング社のM&Aが高い確度で決まりかけていたので、私の頭の中では黒字化は見えていました。
実際、グループ会社2社を12月に売却、ワン・ウィング社を2月にM&Aして想定どおりに事が進み、4月には2〜300万円の黒字転換に成功しました。
●グループ会社が売却できたのは会社存続の大きなポイントだったと思いますが、仮に出来なかったら、どうされていましたか?
2社のうちどちらかは売却出来ると確信していました。仮に1社がダメだったとしても、もう1社は売却出来るだろうと判断していました。
ただ売れなかったとしても、不採算な広告費を削ったり、リストラをすることで、半年でトントン(収支ゼロの状態)まで持っていける自信はありました。また、一方のグループ会社売却で現金を確保出来れば、もう一方のグループ会社の赤字額は倒産する程のインパクトではなかったですから。
幸い2社とも売却でき、10億円のキャッシュを確保できました。
●一度グループ会社売却で縮小させた後、獲得した10億円で事業を拡大させていったのですか?
売却当時、一時的に月次の売上3,500万円、社員7名まで縮小したので、一回は”倒産した”に近い会社です。ですからもう一度、株主やお客様のためにも、良い意味で社員、経営者が”使いまくられる”会社になろうと思ってやってきました。おかげで、直近の2月では月次売上が8億4,000万円になりました。
アイ・シー・エフは基本的にM&Aによって大きくなっていますが、株主価値の最大化を考えたときに、私自身の才能を最大限活かして、若くてピッカピカの人を集めてシナジーを出すことが大切だと思っています。その為には連結11社を20数社にする勢いで更にボリュームを出します。
会社は経営者以上に大きくならないとも言われるので、自分の得意技でストレッチを掛けることが株主価値を最大化する近道だと思っています。経営者は可能性のある人に活躍の場を作り、アイ・シー・エフ本体で支援するスタンスが、成長スピードを高める方法だと思います。
そこで当社がどんなビジネスを中心にするかというと、例えば短編映画を作ったとします。従来なら映画館で流された後ビデオになって終わりだったかもしれませんが、弊社の場合、インターネットで動画配信したり、レンタル、コンビニ、レコード店で流通させたり、コンテンツのライセンスそのものを、BS、CS、ポータルサイト、さらには海外に販売することで多くの収益源を確保するモデルを考えています。
そのため、映像コンテンツと流通メディアをどれだけ確保するかが重要になるので、その分野を本業とする企業をM&Aして、グループ会社として競争力を高めています。