●大阪証券取引所の新市場部に第一号で上場を果たしていらっしゃいますが?
99年8月24日。新市場、今のヘラクレスに上場しました。当時は山一證券が破綻するなど、いわゆる証券不況でした。今まで、幹事にして欲しいとお願いしに来ていた証券会社が、みんな腰を引き始めました。ここぞという儲かる会社以外は上場させてもらえませんでした。
今まで客に頭を下げ、銀行に頭を下げてきましたが、今一番頭を下げなければいけないのは野村證券さんだと思い、値段はいくらでもいいですからとお願いしました。初めは、今は厳しいと言われましたが、大阪で大証の新市場を作るので、野村證券としては第一号で御社を推薦しますが、どうですか?というお話を頂きました。迷うことなくお願いしますと伝えました。
小さい会社は月次も見られました。利益幅が足りているところはある程度下方しても、必ず上場させてくれるのですが、当社みたいに経常3億円行くか行かないような会社は3億円が絶対条件でした。資本金3億円以上、経常3億円以上、3年連続右肩上がり、これらの条件をクリアしていないと駄目でした。これが最低ラインでしたので、厳しかったです。今はかなりハードルが低くなっていると思います。
大証というのは、先物であったり色々市場を作ろうと熱心でした。野村證券さんは大阪の会社でしたから、自然と、大証のことは応援しなければいけなかったんじゃないでしょうか。そこに当社はうまく乗りました。
第一号と言うだけでもの凄く注目され、TVなどではすごい報道でした。野村さんにお願いしたのは成功でしたね。
●東証1部までかなり早く進まれたと思うのですが、それまでの経緯についてお聞かせください。

非常にラッキーでした。はじめ東証2部に行ったときに、上場基準の時価総額20億円に足りませんでした。それが、正式基準が10億円と変更されたため上場することが出来ました。東証の審査官からは正直、一番スモールサイズですよ、と言われました。
ですが、99年の上場から4半期決算していたことが非常に評価されました。四半期決算というのが義務になったのは、ここ最近なんですね。これからは四半期決算になるだろう、会社が小さいうちから練習しておこう、ということで99年の上場から四半期を続けていました。これが非常にウケが良かったですね。
野村證券さんにも言われるのが、当社は大きいことも言わないけれど、数字をずっと達成していることが非常に印象が良かったそうです。このことが評価されてか、株主数を大幅に増やしたということで、表彰されたことがあります。この前は、日本投資家協会から最優秀賞を頂きました。その際に、各社社長は来ないけれど、エスケイの社長はいつも来ているとお誉めの言葉を頂きました。大企業ならともかく、中小企業は社長自身が一生懸命IR活動をしなければいけないのです。それが投資家への信頼に繋がると思っています。見ている人はきちんと見ているんですね。上場企業は東証1部で1,800社あり、その中で株主数が増えた企業はたくさんあるでしょうが、その中で賞を頂いたことを大変ありがたく思っています。
また、ナカヌキヤが軌道に乗れば、もっと株主数は増えると思います。今度、株主優待も考えています。ただ、西日本でしか使えないことがポイントですね。東日本の人にどうIRを行っていくかが今後の課題です。

●上場したときから株主を意識した経営をされてきたのですね。
はい、上場したとき株価は300円程度でしたが、株式分割を繰り返し、今は当時の10倍となりました。お金もあまりなく、広告費も出せなかったので、PRはすべて自前で行っていました。ただ、早期から四半期決算に取り組み、マイナス材料も包み隠さずにガラス張りの経営を目指してきました。その結果、投資家の方々から信頼を得られたのではないかと思います。
●最後に個人投資家の方々にメッセージを。
配当優先。ナカヌキヤの影響により、当社グループの売上はどんどん上がっていくと思いますが、当社の株価にどれだけ影響するかは分かりません。それでも配当は優先します。ただ、大きなアクションを起こす際には、内部留保を優先するかもしれませんが、今のところ配当優先で行くつもりです。
今後も株主利益を重視した、透明な経営を行っていくつもりですので、応援の程宜しくお願いいたします。