●設立から約8年半で東証一部へ上場と急成長を遂げていますが、御社の沿革をお聞かせください。
私自身の経歴も含めて説明させていただきますと、昭和61年に上智大学を卒業して、日本生命に入社しました。ニッセイでは投資の仕事に携わり、リーマンブラザーズに出向し、ファンドマネージャーをしていました。
その後、30歳の時にC型肝炎にかかってしまい、入院を余儀なくされたとき、何かに挑戦したいと強く感じました。その結果が1998年の7月で、一休の前身であるプライムリンクという会社の起業です。設立当初は主要業務を何も考えずに作ってしまったので、売上も上がらず苦労することも多くありましたが、「何でもできます」と言って、営業していました。
そうした中、起業から半年ほど経過し、企業はブランドが重要だということに、あるとき気がつきました。ブランドとは何かと言えば、継続した信用の積み重ねです。そうした概念を用いて、インターネット上のサイトでブランドを作ることができれば、そのトップページの集客力は大きなものになると考えました。
また私はニッセイ時代に投資に関わる業務を担当していたので、アメリカのインターネット企業をチェックしていました。そして米Yahoo!やeBayの目論見書を取り寄せ、彼らの事業モデルを検証してみました。当時、日本のインターネット業界は、まだヤフーが立ち上がったばかりのときでした。
そしてeBayにメールを送り、「一緒に事業をやらないか?」と言ってみると、彼らは上場して大きな企業になってしまったため、今後提携するのであれば日本の大きな企業が良いとのことでした。ただインターネットの世界では先行者利益は非常に大きいので、バイアウトというエグジットもあるということが書いておりました。
そこで、ニッセイ時代の友人40人に100万円ずつ投資してもらい、4,000万円を集めました。そのお金でオークションサイト「eオークション」を立ち上げました。当時はまだヤフーオークションもなかった時代でしたので、呼び水となる商品を引っ張り出せば集客できると考えました。アメ横や秋葉原など、在庫探しの飛び込み営業をする毎日でした。
そしてあるとき、ふとホテルを見上げてみると、電気がまばらについていました。これこそ究極の在庫だと思い、そのホテルに営業をかけました。そしてホテルの方も面白がってくれて、センチュリーハイアット東京が部屋を出品してくれました。
その後、ヤフー、楽天、ビッダーズといったネット企業のオークションが大きくなっていくのを見て、既にインターネット業界は天下分け目の関が原だと感じました。そこで自社のサービスに強みができるよう特化させなければと思い、様々なホテルから高級スイートを提供していただくという差別化を行いました。
事業が本格化しだした2000年ごろはITバブル全盛期で、ベンチャーキャピタルに高級ホテルに特化するのではなく、JTBの売上の5%を取りに行くと宣言すれば、10億円でも20億円でも投資すると言われました。ですが、勢いのあるものは落ちるときも早いと思ったので、高級ホテルに特化し、コツコツと積み上げるよう成長していきました。
●そして東証マザーズに上場し、2007年2月に東証一部へと上場したわけですが。
ご存知のとおり、最近の上場審査はとても厳しく、上場銘柄の廃止や管理ポスト割り当てなどが続いています。そういった中、当社が東証一部に上場できたことは、新興企業として、内部監査の点や収益性、安定性といった部分を認めていただけたのだと思います。
また私自身が50%以上の株式を持っていたので、市場に影響しないようにイギリスの年金基金に株式を売却し、今後は“森商店”から、より“社会の公器”として一休を運営していきます。